本当は大学院受験関連の情報を提供するブログなのですが、自分自身が大学、大学院で原子力工学を学んでいたこと、現在も原子力産業に従事していることから、福島第一原発事故について、今まで学んできた知識に基づいて解説したいと思っています。しばらくは、原発関係の記事もちょくちょくと書くと思いますので、宜しくお願い致します。もし、書いていることに誤り等があればご指摘頂ければ幸いです。
 また、今回の震災で被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りいたします。

 今日は、首都圏でも水道水や食品への放射能汚染の影響が出てきているという報道について、冷静に正しく判断できるように整理してみたいと思います。



福島第一原発事故の影響で、東京の金町浄水場で3/22に1キログラムあたり210ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたことを受け、東京都は乳児の水道水の摂取制限を宣言しました。 

 また、政府は、福島県産の農産物の一部に摂取制限、福島・栃木・茨城・群馬県産の農産物の一部に出荷制限を要請しています。 

 首都圏に住んでいる限りでは、今回の福島原発事故による健康への被害は現状では皆無ですが、このように摂取制限などが出されると、やはり気になってしまうところです。 

 ということで、今回は水道水や農作物などへの影響について整理してみたいと思います。 


 まず、放射能汚染の尺度として、Bq(ベクレル)という単位がよく報道で使われていますが、これは、簡単に言うと1秒間に何個の放射線が放出さ れるかを表すもので、1秒間に1個の放射線が放出される放射能を1ベクレルと言います。ですので、金町浄水場で検出された水道水1kgあたり210ベクレ ルというのは、1kgの水道水から1秒間に210個の放射線が放出されているということを示しています。それだけの放射性物質が水道水に含まれていること を示しています。 

 実は人間は産まれた時から(ごく微量ですが)放射能汚染されています。どれくらいかと言うと、だいたい60kgの平均的な日本人の場合、 7000ベクレルくらいの放射性物質が常に体内にあります。このようにして考えると、金町で水道水から検出された放射性物質の量は大したことじゃないのが よく分かります。仮に、1kgあたり200ベクレル程度の放射性物質を含んだ水道水を1年間毎日1リットル飲み続けたとしても、1.6mSv(ミリシーベ ルト)の内部被曝にしかならず、1年間に自然に浴びている放射線の量(世界平均2.4ミリシーベルト)と同じくらいの被曝にしかなりません。 
※1.6mSv≒200Bq×365×2.2e-8(Sv/Bq) 


 そもそも、今回適用された乳児の水道水の摂取制限基準値は、厚生労働省が暫定的に示した基準値になります。もともと、食品衛生法には放射能に関 する基準がないために、緊急措置として原子力安全委員会が作成した原子力防災指針の「飲食物の摂取制限に関する指標」を基に設定されています。 
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r9852000001559v.pdf 
  
 ですので、原子力安全委員会が、予防的にかなり安全側に設定した値を、厚生労働省がとりあえずということで、そのまま食品衛生法に適用したために、瞬間的に乳児の摂取制限ということになってしまったと言えます。 

 WHO(世界保健機関)も、日本で水道水を飲んでも、ただちに健康上のリスクが生じるわけではないとしていますし、日本当局が状況を厳密に監視 していて、必要に応じて水道水の飲用に関する助言、特に乳児に関しての助言を行っていると評価しています。日本政府は何か隠しているのではないかという声 も聞こえてきますが、原子力に対しては中立的なWHOがこのような評価をしているわけですから、現時点での政府の対応は信頼できると言えます。少なくとも チェルノブイリ原発事故の時に1週間も事故事態の隠蔽を図ったソ連政府の対応に比べれば雲泥の差です。 
http://www.who.or.jp/index_files/FAQ_food_safety_J.pdf 

 また、日本産婦人科学会も、妊婦が妊娠期間中(280日)に1kgあたり200ベクレル程度の放射性物質を含んだ水道水を毎日1リットル飲み続 けたとしても、胎児への影響は皆無であると発表していますので、やはり、現時点の汚染レベルは全く心配しなくて良いと考えられます。 
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/announce_20110324.pdf 
  

  
 次に食品(特に農作物)への影響です。こちらは水道水と比べるとちょっと複雑です。農作物の種類、例えば葉物野菜や根菜の違いなどによっても多少影響が違ってきます。 

 たとえば、摂取制限の出された福島県産の小松菜(鮫川村)では、放射性ヨウ素が5900ベクレル、放射性セシウムは3400ベクレルを検出して います。摂取制限基準値はヨウ素が2000ベクレル、セシウムが500ベクレルですので、水道水と比べるとかなり基準値より超えているように見えます。 
 これは、どれくらいの汚染になるかというと、仮にこの鮫川村産の小松菜を毎日1kgを1年間摂取し続けると、約63mSv(ミリシーベルト) の内部被曝を受けることになります。100〜200mSvまでの被曝であれば健康への影響は確認されていませんので、このように計算してみると、やはり健 康にすぐに影響が及ぶ汚染レベルで無いことがわかります。63ミリシーベルトというのは、放射線従事者の年間被曝許容量50ミリシーベルトを超えています が、毎日1kgの小松菜を1年間食べ続けたと仮定しての話ですので、実際は普通に小松菜を摂取していても放射線従事者の許容値も超えない程度だと考えられ ます。 
※63mSv≒5900Bq×2.2e-8(Sv/Bq)+3400Bq×1.3e-8(Sv/Bq) 

 水道水に比べれば、汚染レベルが高いと言えることと、土壌汚染によって長期的な影響が懸念されることから、WHOの発表は水道水の時に比べれば、慎重なものになっています。 
http://www.who.or.jp/index_files/FAQ_food_safety_J.pdf 

 ただ、鮫川村産の小松菜は一番汚染度の高い例ですし、3/27現在では、鮫川村産の小松菜は、放射性ヨウ素が5900ベクレルから5分の1の 1200ベクレル、同セシウムは3400ベクレルから25分の1の136ベクレルに低下していますので、農産物に関しても心配する必要はないと考えていま す。 

 少なくとも、チェルノブイリ原発事故の時は、ソ連政府が隠蔽を図ったため、放射能汚染した食品が市場に出回って、摂取されてしまっています。し かし、原発周辺地域の小児甲状腺ガン発生確率が上昇した以外は、これらの汚染食品を摂取した市民に健康被害が生じたという報告はありません。 
 今回の福島のケースでは、日本政府が早めに周辺地域の農作物の出荷制限や摂取制限を指示していますので、市場に出回っているものを食べていれば、全く健康に影響はありません。 

 なお、食品への影響については、政府がポータルサイトを開設して、あらゆる情報を得られるようにしています。(いろいろなデータが分散していて全体を把握しずらいですが…) 
http://www.maff.go.jp/noutiku_eikyo/index.html 

 比較的、食品安全委員会の報告がまとまっているように思います。 
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/emerg_genshiro_20110316.pdf 


 ちょっと長くなってしまったので、最後にまとめますと、「首都圏の水道水については、がぶがぶ飲んでも全く健康に影響はない(乳児や妊婦で も)。農作物については、福島周辺の少し汚染された農作物を毎日1年間大量に食べ続けても健康に影響が出るほどの汚染レベルではない。しかも、これらの農 作物は市場には出回っていないので、普通にスーパーで買い物をしていれば、全く健康には影響がない。」と言えます。 

 不確かな情報に惑わされて多くの人が、買い占め、不買運動などの極端な行動に出てしまうことで、、東北地域の復興に悪影響を及ぼすことの方が よっぽど心配です。首都圏で生活している以上は、まったく健康に影響がありません。安心して普段通りの生活をすることが、被災地域の復興を支援することに つながるのではと考えています。